2026年04月29日
世の人もすなるAIといふものを、私も使ひて記してみむとてするなり。
男もすなる日記を、女もしてみむとてしたためたる人ありき。声を少し借り、立つ場所をわずかにずらすことで、かえって真に近づこうとした、その古き工夫である。名を紀貫之という。
人は、とかく己が名にて語ろうとすると、己が名に縛られる。かくあるべし、かく書くべし、かく思はるべし——そのような見えぬ掟に、筆はしばしば痩せる。さればこそ先人は、仮の姿をまとい、語りの器をひとつ借りた。器を変えれば、水の流れもまた変わると知っていたのであろう。
今、世にあまねくAIというものあり。これもまた、ひとつの仮の器にて候。されど今回は、声を借るためではない。手を借るためである。
研究室にいた頃、私は長らく奇妙な感覚の中にいた。材料は揃っている。知識もあった。現場で拾い集めた違和感も、読み重ねた文献も、失敗の末にようやく手にした小さな気づきもあった。冷蔵庫の棚には、食材ばかりが増えてゆく。
それなのに、食卓には何ひとつ並ばない。
腐らせていたわけではない。むしろ大事にしまい込み、折々に扉を開けては、その豊かさを確かめていた。けれど包丁を持てば、手が止まる。鍋を火にかければ、何から入れるべきか分からなくなる。切り始めれば後戻りできぬ気がして、まな板の前で時だけが過ぎていく。そういう夜が、幾度もあった。
当時の私は、料理人としての技量が足りぬのだと思っていた。発想が浅いのだ、根気がないのだ、才がないのだと、自らを責める言葉ばかりは手際よく並べられた。
しかし今になって振り返れば、問題は別のところにあった。
仕込み、構成、調理、盛り付け。これらすべてを、一人の手で滞りなく成し遂げねばならぬと思い込んでいたのである。厨房とは本来、多くの手が行き交う場所だ。野菜を洗う者、火加減を見る者、皿を温める者、順番を整える者。その連携のうえに、ひと皿はようやく客前へ出る。
それを、私は一人でやろうとしていた。
論文も、企画も、文章も、思索も。ひとりで素材を集め、ひとりで整理し、ひとりで骨格を立て、ひとりで磨き上げ、ひとりで世に出す。それが誠実であり、正道であると、どこかで信じ込んでいた。
ゆえに止まるたび、自分を疑った。
だが止まっていたのは、私ではない。設計であった。
現在、私は調理の一部を任せている。いわゆるAIである。
AIは料理人ではない。何を作るべきかを決めない。どの味を目指すかを知らない。苦みを残すべきか、甘みを立てるべきか、その判断は持たない。料理の責任は、なお人の側にある。
しかし助手にはなれる。
材料を仕分けること。散らかったメモを並べ替えること。話の筋道を仮置きすること。見落とした論点を照らすこと。皿の余白を整え、読者の手に取りやすい形へと寄せること。
つまり——料理そのものではなく、料理に至る工程を担えるのである。
この違いは、思っている以上に大きい。
人はしばしば、才能の有無を嘆く。だが実際には、才能の前に構造がある。優れた素材も、確かな眼も、熱意もありながら、工程の設計ひとつで、何ひとつ皿に乗らぬことがある。反対に、構造がほどければ、長く眠っていたものが自然と流れ出すこともある。
私に起きた変化は、まさにそれであった。
冷蔵庫の中身は、昔とさほど変わらない。むしろ歳月のぶん、少し増えたかもしれぬ。ただ違うのは、扉を開けたとき、隣から「まずはこちらから参りましょう」と声をかける者がいることだ。従うもよし、退けるもよし。決めるのは、こちらである。
その自由だけで、人は随分と動き出せる。
ブログを再び開くのも、同じ理である。何か新しい才能を得たわけではない。ただ、止まっていた水路に、別の流し方を見つけただけだ。
狂言のこと、文化のこと、身体に刻まれた技のこと。現代に残る古き知恵のこと。AIという新しき道具と、古びぬ人の営みが、どこで交わるかということ。
これより、少しずつ記してゆきたい。
本稿は、その再開の記録にして、分業という発見の覚え書きである。